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Vol.3 日本の愛

日本の愛

 男女の愛は古くから、日本の文学にとって大切な主題の一つだった。7世紀後半から8世紀にかけて編まれた『万葉集』には、すでに鮮烈な恋の歌の数々 ...

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Worth Sharing Vol.3

Vol.3 Worth Sharing (全48頁)PDF:3.36MB

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 男女の愛は古くから、日本の文学にとって大切な主題の一つだった。7世紀後半から8世紀にかけて編まれた『万葉集』には、すでに鮮烈な恋の歌の数々が含まれている。そして『源氏物語』に代表される平安朝文学は、宮廷びとたちの恋愛の諸相をつぶさに描き、世界文学史上でも特筆すべき達成を示した。「色好み」の美学は、日本文学のもっとも魅惑的な特徴を形作ってきたのである。

 21世紀において、その伝統に陰りが生じているのだろうか日本の若者たちが恋愛に積極的でなくなったことが一種の社会問題として報道され、性に恬てんたん淡とした「草食系男子」の増加が取り沙汰されたりしている。だが、現代小説の最先端に触れるならば、愛は作家たちにとって刺激的な主題であり続け、多様な表現を生み出していることがわかるだろう。

 一方で作家たちは、ラブ・ロマンスの常道を踏み越える大胆な表現と思考を追求している。ジェンダーの境界を攪かくらん乱し、男性中心主義に鋭く異議を申し立て、規範的な性からの解放を夢見続ける。そこには、まったく見も知らぬ通りがかりの男女の間に成り立つ刹那的な関係もあれば、夫ないし妻の死後もなお愛をつらぬく配偶者の姿もある。高校生の過激な性行動が語られるかと思えば、高齢者同士の淡く清らかな恋心が描かれもする。そしてもちろん、男女の愛のみならず、家族、親子を結ぶ愛のあり方も、変化の波にさらされながら、小説にとって重要な要素であり続けている。

 このリストには、新鋭のデビュー作から、ベテランの最近作まで、世代もキャリアも異にする作家たちの作品が並んでいる。私たちはいわゆる純文学と大衆文学の区別にとらわれず、意欲あふれる魅力的な作品を選び出すことに努めた。もちろんあらゆる重要作を網羅できたわけではないが、日本の社会の現実を鋭く照射しつつ、文の表現を押し広げる力を持った作品を集めることができたと自負している。そこに村上春樹の作品が含まれていないのは、単に彼がすでに圧倒的な知名度を獲得しているがゆえにである。ひょっとると村上の巨大な人気の陰に隠れてしまっているかもしれない現代日本文学の多彩な煌きらめきを、これらの作品からまざまざと感じ取っていただけるはずだ。時代とともに大きく姿を変えつつ、愛は日本文学に豊かな生命を吹き込み続けている。

2014年12月
野崎 歓(東京大学教授)

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作品紹介

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