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Vol.4 日本の生活

日本の生活

 日本人は勤勉だと言われてきた。果たして、いまもそうだろうか。   このリストにあるのは主に1990~2010年代、年号なら平成生ま ...

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Worth Sharing Vol.4

Vol.4 Worth Sharing (全48頁)PDF:3.807MB

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 日本人は勤勉だと言われてきた。果たして、いまもそうだろうか。

  このリストにあるのは主に1990~2010年代、年号なら平成生まれの作品で、バブルと呼ばれた空前の好景気を経て、経済の失速が続いた時代を背景としている。それでも衣食住はそれなりに満たされ、身を粉にして働く作中人物はほとんど登場しない。

 「立身出世」という明治以来の近代化につきものの上昇志向は過去のものとなり、会社組織から離れて生きる若者が実社会でも増えている。学歴の高いエリートが生活力も高いという保証はない。男性が家事を分担し、育児や弁当作りに積極的に関わり始めたのも、2000年代になってのこと。一方で、少子高齢化はいやおうなく進む。独りきりで不慣れな子育てに苛立つ若い母親、離婚した父子家庭、長く病む親の死を願う熟年女性、定年後、生活費にも事欠く人びと……。現代社会が抱える光と影を、収録作はそれぞれ色濃く映し出す。

 家族の形態やライフスタイルに典型、模範はすでにない。血縁も地域の絆も細り、「無縁社会」などという言葉が出現した、まさにその直後、2011年3月11日に発生したのが東日本大震災、続く福島の原発事故である。未曽有のこの出来事が、その後の日本人を新たな方向へ向かわせている。一つの例として、東北の被災地に暮らす作家の近作もここに挙げた。

 とはいえ、繰り返すが、第二次大戦後、70年にわたる平和が続くこの国では、生死に直結する切迫した不安は日常から遠く、概ねゆとりに満たされている。ゆとりとは「心を動かすことのできる空間、あるいは隙間」だと述べるのは、長老詩人の谷川俊太郎氏だ。日常の隙間から、日々の営みの奥にうごめく何ものかに、じっと目を凝らす。しのび寄る危機を想像してみる……。そうした資質こそ、この時代の作家の条件かもしれない。

 振り返れば、古代から花鳥風月を、空に、山に、眺め暮らしてきた日本人。勤勉さのみに流されない、その静穏なまなざしにこそ、この国の文学と詩情は宿ってきたのではないだろうか。

2015年12月
尾崎 真理子(読売新聞東京本社文化部長)

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作品紹介

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