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『父、断章』の表紙画像

家族愛

父、断章

辻原 登

新潮社/2012年/220ページ/本体1600円/ISBN 978-4-10-456305-0

翻訳出版はありません。

 <そろそろ父のことを正確に書かなければならない、と彼は考えている>。冒頭の一文である。「彼」はたちまち「私」と言い換えられ、私小説的と形容されそうな物語が展開されていく。だが、そこに広がり出す出来事の数々は、生々しくもフィクショナルな興趣に満ちている。現代日本で随一の物語作家というべき辻原登は、この作品で私小説から自在な語りの愉悦を引き出してみせた。

 亡き父親に生前の姿を取り戻させる冒頭の一編を皮切りに、帰還と再生の運動を描き出す。心にしみる名編というべき「夏の帽子」では、忘れていた昔の恋人の面影が不意に蘇生する。「チパシリ」や「虫王」といった短編は、「私」による語りの枠を離れて、奇譚の魅力を存分に堪能させてくれる。前者における、シャバへの帰還を繰り返す脱獄囚や、後者における、漢民族の復興を夢見る者たちの運命を通して、回帰の主題が豊かに変奏される。

 ふたたび「私」の両親を登場させる、巻末の夢幻的な作品「天気」に至るまで、著者はいずれの短編でも、戻ってくる何者かとの一瞬のすれ違いを鮮やかに演出している。そこに私たちは、辻原文学にとって根源的な魅惑の瞬間を見出すことができるだろう。(NK)
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辻原 登

辻原 登

1945年和歌山県生まれ。1985年に「犬かけて」でデビュー。1990年「村の名前」で芥川賞、1999年『飛べ麒麟』で読売文学賞、2000年『遊動亭円木』で谷崎潤一郎賞、2010年『許されざる者』で毎日芸術賞など。2012年には紫綬褒章を受章。

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