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小説

冥途あり

長野 まゆみ

講談社(講談社文庫)/2018年/2242ページ/本体590円/ISBN 978-4-06-513213-5

翻訳出版はありません。

 父親の死をきっかけに、主人公の「私」は家族史を反芻し始める。曽祖父や父親はどこから来たのか。両親はいかにして夫婦になったのか。孫としての「私」はわずかに残る手掛かりと、幼少時の色あせた記憶、そして親族や知人たちの断片的な証言をもとに、家族史の謎という名のジグソー・パズルを完成させていく。

 人物伝のような時代順の記述であれば、おそらく凡庸極まりない小説になったであろう。しかし、作家は主人公の記憶の断片を凧のように都市史の大空に上げ、まなざしを現在と過去との間で往還させつつ、沈黙を続けた父親の背中を追い続ける。その過程で、近代化の魔手がまだ届いていない自然の風景や、情趣に富んだ過去の生活の息吹が甦り、近代史の悲しい宿命さえも浮かび上がってくる。そこに映し出されたのは、子供たちを兵役から逃れさせるべく必死に画策し、日本列島を端から端まで絶えず往復する曽祖父の終わりなき旅と、15歳のとき疎開先の広島で被爆した父親の逃避行だった。

 気が重くなる内容が軽やかなリズムで語られることで、かえって死者たちのやるせなさを増幅させる。一見、乱雑な細部が無造作に堆積されているように見えるが、物語の末尾に最後のピースをはめ込むことによって、多難な家族の歴史は巨大なパノラマのように立ち上がってくる。類いまれな描写力には目を見張るものがあり、近年、まれに見る力作である。(CK)
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長野 まゆみ

長野まゆみ

東京都生まれ。1988年『少年アリス』で文藝賞を受賞。2015年『冥途あり』で泉鏡花文学賞、野間文芸賞を受賞。他に『テレヴィジョン・シティ』『天体議会』『猫道楽』など。

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