
近畿
海松
新潮社/2009年/169ページ/本体1600円/ISBN 978-4-10-470902-1
本作品は(「海松」のみ『川端康成文学賞作品集』として)韓国語に翻訳されています。
『海松』は4作品を収めた短篇集だが、特に優れているのは、2008年に川端康成文学賞を受賞した表題作「海松」と、その続編「光の沼」。この2作は、志摩半島の一角の、小さな湾近くの傾斜地に土地を買い、家を建てた独身中年女性を主人公とする。忙しい仕事の合間に、一人暮らしをする東京のマンションから時折、愛猫を連れてその別荘に滞在する主人公の自然とのふれあいと、都会の喧騒を離れての静かな生活が、精確で繊細な文体によって描写されていく。
ここでは大きな事件も起こらないし、波瀾に満ちたプロットの展開もなく、描かれている世界は非常に狭い。しかし、日々の小さな発見と観察を描き出す文体そのものが表すしなやかな思考の流れ自体が豊かな物語を織りなしており、日本の女性文学が伝統として守ってきた感性と短篇小説の技を受け継ぐものとなっている。「年に数度ここで過ごすようになってから、なじんでいくものは火や沼の水、土くれだの菌類だの家の壁をこする木の枝のざわめきといったものばかり。形があるようでないような」(「海松」)。そして主人公は、別荘の真下に発見した沼から湧きだすホタルたちの発する光を見ながら、「私ハ死ヌガ、我々ハ生キル」という境地に達する。そのような生の真実の啓示の瞬間があちこちにちりばめられた短篇集である。(NM)
ここでは大きな事件も起こらないし、波瀾に満ちたプロットの展開もなく、描かれている世界は非常に狭い。しかし、日々の小さな発見と観察を描き出す文体そのものが表すしなやかな思考の流れ自体が豊かな物語を織りなしており、日本の女性文学が伝統として守ってきた感性と短篇小説の技を受け継ぐものとなっている。「年に数度ここで過ごすようになってから、なじんでいくものは火や沼の水、土くれだの菌類だの家の壁をこする木の枝のざわめきといったものばかり。形があるようでないような」(「海松」)。そして主人公は、別荘の真下に発見した沼から湧きだすホタルたちの発する光を見ながら、「私ハ死ヌガ、我々ハ生キル」という境地に達する。そのような生の真実の啓示の瞬間があちこちにちりばめられた短篇集である。(NM)

翻訳出版に関する連絡先について
〒 162-8711 東京都新宿区矢来町71番地
株式会社 新潮社 著作権管理部 海外出版室