
九州
獅子渡り鼻
講談社(講談社文庫)/2015年/192ページ/本体560円/ISBN 978-4-06-293153-3
本作品は英語に翻訳されています。
表題は九州のある地方の岬を示す地名。小野はこれまでも、出身地・大分の海岸地方と思しき場所を舞台として、そこでひっそりと、しかし地に足のついた暮らしを送る人びとの姿を、ときに魔術的リアリズムともいうべき大胆なアイデアを交えつつ、緻密な文体で描いてきた。本作品は、遠縁の叔母のもとで暮らすために海辺の村にやってきた小学校四年生の男児・尊を主人公として、これまでの小野ワールドにさらに新たな次元を加えた傑作である。母親が事実上、育児を放棄したせいで、主人公の少年は知的障害をもつ兄と二人きり、食事にも事欠く日々を送った。トラウマを抱えてやってきた見知らぬ土地で、初めて会う温かい人びとに囲まれ、そして豊かな自然のふところに抱かれて、尊は次第に人生に対する肯定的な姿勢を身につけ始める。兄がいまどこで何をしているのかは読者には告げられない。しかしその不在を埋めるかのように、尊の前にはずっと昔に死んだはずの一人の少年の幻が現れ、その幻が励ましの声をかけてくれるのだ。子供の視点を経由することで、小野の文章はいよいよ瑞々しい精度を高めた。小さな者、弱き者たちに注がれるまなざしの優しさに、読者は心打たれずにはいないだろう。(NK)

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