
小説
どんぐり姉妹
新潮社(新潮文庫)/2013年/158ページ/本体550円/ISBN 978-4-10- 135942-7
初出:「新潮」2010年8月号
本作品はアラビア語、アゼルバイジャン語、中国語、韓国語、イタリア語に翻訳されています。
神様がくれた運命の、偶然の出会い……。物語の始まるきっかけはそんな出来事がお約束だったけれど、「フェイスブック」等で、あらゆる人びとの消息がつかめるようになれば、ロマンチックな偶然は、ほとんど起こらなくなるかもしれない。そうした時代にあって、吉本ばななは、偶然の神秘を小さな物語の中に深く描き、そのセレンディピティ――ふとした偶然をきっかけにひらめきを得て、幸運をつかみ取る力――の大切さを教えてくれる、やはり現代世界にとってなくてはならない作家であるだろう。
作中の姉妹、どん子とぐり子は、子供の頃に両親を失い、不安定な環境の中で大人になった。心の痛みをよく知る姉妹は、やがて仕事の傍ら、さまざまな悩みを受け付けては返答する匿名、無料の個人サイトをネット上で開く。メールのやりとりを通じて、この時代に広がる病をひきうけるぐり子は、しかし自分の大切な友人(彼)の消息だけは、どうしてもネットで検索する気になれない。「その時」がくれば、絶対にわかるはずだと、彼女はどこかで確信しているのだ。
そしてある日、海辺の街で彼の母親らしき人と出会い、悲しい運命を知る。しかし、ぐり子はその出会いは単なる偶然ではなく、かつて発信した自分の思いが、めぐりめぐって本当に繋がったと、しずかに納得するのだった。
匿名の善意の気持ちを大切にし、待ち続けることや、偶然に見える出会いの背景を想像することの大切さを、この小説は教える。実名で速やかな情報だけが人生には有効なのか。偶然の余白を消し去るほど慌ただしいフェイスブック的生活を省みたくなる、現代人必読の中編。(OM)
作中の姉妹、どん子とぐり子は、子供の頃に両親を失い、不安定な環境の中で大人になった。心の痛みをよく知る姉妹は、やがて仕事の傍ら、さまざまな悩みを受け付けては返答する匿名、無料の個人サイトをネット上で開く。メールのやりとりを通じて、この時代に広がる病をひきうけるぐり子は、しかし自分の大切な友人(彼)の消息だけは、どうしてもネットで検索する気になれない。「その時」がくれば、絶対にわかるはずだと、彼女はどこかで確信しているのだ。
そしてある日、海辺の街で彼の母親らしき人と出会い、悲しい運命を知る。しかし、ぐり子はその出会いは単なる偶然ではなく、かつて発信した自分の思いが、めぐりめぐって本当に繋がったと、しずかに納得するのだった。
匿名の善意の気持ちを大切にし、待ち続けることや、偶然に見える出会いの背景を想像することの大切さを、この小説は教える。実名で速やかな情報だけが人生には有効なのか。偶然の余白を消し去るほど慌ただしいフェイスブック的生活を省みたくなる、現代人必読の中編。(OM)

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福田俊彦