普通の日常生活の時間や空間がよじれてしまったような、不思議でちょっと怖い話が5編収められた短編集。最初の「ゆめであいましょう」では、夢の中の少年と夢を見ている少年の、どちらが自分なのかわからなくなってしまう。「どこにもゆけない道」では、いつもとは違う道を通って学校から帰ろうとした少年は、なかなか自宅にたどり着けない。やっと家に着いたと思ったら、両親が恐怖で顔を引きつらせている姿をちらっと目にしたまま、少年はクラゲのような軟体動物に変身している。「ぼくは五階で」も、主人公の少年がいつもと同じ団地の自分の家から、どうやっても出ることが出来ない、まるで空間の迷路に迷い込んでしまうような恐怖感がリアルだ。表題作の「おとうさんがいっぱい」は、家の中にお父さんがいるのに、お父さんから電話がかかってきたところから始まる。次々とお父さんが増え、3人のお父さんが自分こそ本物だと主張し合う。そのうち政府は、子どもにひとりだけ父親を選ばせて政府が認定書を渡し、それ以外の父親は国家の手で管理されることになるという何とも怖い結末だ。「かべは知っていた」では、おとうさんが壁の中に消えて行ってしまう。どの作品も、誰もが確かだと思って疑わない現実が、奇妙に歪んでしまう不思議な感覚を通して、家族とは、親子とは、そして自分が今この世界に生きているということは、どういうことなのかを考えさせられる。(NA)