
小説
海うそ
岩波書店/岩波現代文庫2018年/220ページ/本体800円/ISBN 978-4-00-602298-3
本作品は中国語(繁体字)、フランス語、イタリア語に翻訳されています。
昭和の初め、南九州のとある島を一人の青年地理学者が調査のために訪れ、島の住民と交流を深めていく。この山がちの島は、古代、修験道のために開かれ、権現信仰の寺が随所に建てられたところだった。しかしそれらの寺はいまでは廃れ、遺構は藪の中に埋もれてしまっている。
青年は「決定的な何かが過ぎ去ったあとの、沈黙する光景」を求めて島にやってきた。島の老夫婦や、珍しい洋館に住む仙人風の人物と交流するうち、青年は島の辿ってきた歴史を肌身で感じられるようになる。かつて霊山として崇められた山を仰ぎ、蕗の葉にくるんだ握り飯を食べ、滝の水を浴びる。
婚約者、そして父母を次々に亡くし傷心を抱えてやってきた青年は、島の豊かな自然のふところで心が癒されるのを覚える。島の寺が滅びたのは、明治維新の際の「廃仏毀釈」の嵐に巻き込まれてのことだった。しかし、歴史の転変を経てなお、聖なるものの気配がまぎれもなくここには漂っているのだった。作者は架空の島を舞台に、いにしえの文化の幻像を、優しく繊細な筆遣いで見事に描き出している。そして、最後には50年後の後日譚が付されている。島を再訪したかつての青年が目の当たりにするのは、いかなる光景なのか? 失われた日本の風土への愛惜に満ちた美しい物語である。(NK)
青年は「決定的な何かが過ぎ去ったあとの、沈黙する光景」を求めて島にやってきた。島の老夫婦や、珍しい洋館に住む仙人風の人物と交流するうち、青年は島の辿ってきた歴史を肌身で感じられるようになる。かつて霊山として崇められた山を仰ぎ、蕗の葉にくるんだ握り飯を食べ、滝の水を浴びる。
婚約者、そして父母を次々に亡くし傷心を抱えてやってきた青年は、島の豊かな自然のふところで心が癒されるのを覚える。島の寺が滅びたのは、明治維新の際の「廃仏毀釈」の嵐に巻き込まれてのことだった。しかし、歴史の転変を経てなお、聖なるものの気配がまぎれもなくここには漂っているのだった。作者は架空の島を舞台に、いにしえの文化の幻像を、優しく繊細な筆遣いで見事に描き出している。そして、最後には50年後の後日譚が付されている。島を再訪したかつての青年が目の当たりにするのは、いかなる光景なのか? 失われた日本の風土への愛惜に満ちた美しい物語である。(NK)

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